JAZZの王様

下品の意味を知る

ごりごりゴルソン

アドリブに対して思い切りがいいからクリフォード・ブラウンは素晴らしいけど、ブッカー・リトルは煮え切らないから劣るみたいに言うんです。そしてブラウンの音色を超えたトランペッターはいないんだそうです。ハンク・モブレーは思いっ切り持ち上げるけどベニー・ゴルソンはボロクソに言う(「気の滅入るようなウネウネテナー」)とか、さすがに書籍の中でやられちゃうと、そのマッシブな影響力は馬鹿になりません。

後藤雅洋氏は30年くらい前にFMのジャズ番組にゲストで出てきて、チャーリー・バーネットがビッグバンドのアンサンブルに乗っけて吹いた「チェロキー」の演奏(というかテーマ)とパーカーの「Ko Ko」を並べて、「パーカーがチェロキーを吹くとこうなるんです」って説明した人です。ちょっとあなたいくらなんでもそれはないだろうって思った。だってチャーリー・バーネットが吹いてたのはアドリブソロじゃないんですから。まるでスイング時代のアドリブソロは、みんなのんびりとテーマのメロディーをなぞってるだけの原始的なものだったって言わんばかりの持って行き方で、スイングジャズに対する誤解を招くし、そもそもパーカーの価値を説明したことになっていない。しかも後藤雅洋 "責任監修" みたいな構成だったから、選曲は自分でしてたはずです。最初の著書である『ジャズ・オブ・パラダイス』が出たばっかりで、どんなパーカー談義をしてくれんのかと楽しみにしてたもんだから、あの脱力感は今でも忘れません。

この人は文章が真面目で遊びがなくて純朴なおかげで、なんだか誠意があって信用できるように見えるし、心を虚しくしてジャズを聴いて、好き嫌いを超えたところにある本質を掴めみたいなことを言うのですが、普通に偏向しています。偏向自体はべつに悪いことではなくて、どんどん偏向したほうが話は面白くなるのですが、ようするに言ってることとやってることが違うわけです。自分の誠意や善意に疑いを持たないで生きてる人みたいな、独特の暑苦しさを持った本を書く人だなと私は感じます。音楽に「聴く技術」なんかなくて、あるのは「文章力」だけだって考える人間からすれば、もう少し文章に芸があったってバチは当たらないんじゃないかと言いたくなります。パーカーの重要性というか、パーカーを聴く快楽についてはまったく異論はありませんけど。

そもそもベニー・ゴルソンはいいってことを言いたかっただけなのですが、ジャズ本ではたいてい、作曲と「ゴルソン・ハーモニー」でしか評価されてないので残念です。私にとっては作編曲者としてよりも、テナー奏者としてベスト7くらいには入る人です。聴いてる最中だったらベスト3くらいです。ソロになると、流麗な曲作りとは別の顔でゴリゴリ吹きまくるところがたまりません。こんなにモダンでハードボイルドなテナーはめったにないです。音色だってジャズ的に非常に美しい。モブレーに時間を費やすくらいなら、私は迷うことなくゴルソンを聴きます。

いま、自分にとっての各楽器の "Magnificent Seven" は誰だんべって考えてるところなんだけど、テナー部門にゴルソンは間違いなく入るでしょう。

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Turning Point

Benny Golson - Tenor saxophone
Wynton Kelly - Piano
Paul Chambers - Bass
Jimmy Cobb - Drums
(November 1, 1962)

 

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これ聴いたら普通に腰抜かすと思うんですけど
そんなにブラウンのほうがいいですか